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千田 優希

 

唐長十一代目千田堅吉の長男(聖二)として生まれる

18歳、高校卒業後、京都精華大学版画科を受験するが、美術の勉強など全く経験がないままの受験であったため入学を断られる。当時、面接をしてくださった先生は版画の巨匠 黒崎彰先生。

前日のデッサンや学科試験中は大学の授業がなかったそうで、黒崎先生は特に用事もなかったそうですが、父の工房に立ち寄り、雑談をされていたそうです。翌日の面接、受験票に「左京区修学院 千田聖二(本名)」と書いてあるのを見られ、少々動揺されたそうです。唐長の息子。デッサンや学科は?とんでもない点数。

不合格のサインをくださりました。数日後、黒崎先生はお菓子を持ってお越しになられたそうです。

「息子さん、うちの大学を受験くださったのに誠に申し訳ございません。救いようがありませんでした・・・」とおっしゃって、緊張されてたのか、お菓子をそのまま床へ落してしまわれたそうです。

黒崎彰さんという巨匠を困らせてしまった18歳でした。

その後、父の誘いにより唐長の仕事を手伝うこととなる。

京都二条城本丸御殿修復の際、唐紙製作の補助、文様復元の図案化等に関わる。

独学にて二級建築士の資格取得。

京都迎賓館新築工事に唐紙全体プロデュース。

2014年、名前を聖二から誠次に改める。あるお寺のご住職から「聖の字は簡単に使ってはならない」とおっしゃられ、代わりにいただいた名前が誠次でした。誠に次ぐという意味を持ち合わせ、次の字は九代目 廣次さんから。誠の字は八代目さんの戒名に書かれている。実は八代目長右衛門さんには子供がいなかったそうで、九代目廣次さんはご養子さんでした。初代から八代目までは長右衛門の名を襲名していましたが、九代目廣次さんはご養子さんのため長右衛門の名を受け継げなかったそうです。その八代目と九代目をつなぐ役割を与えられているとのことで、誠次という名をくださりました。

唐紙製作

博物館所蔵国宝屏風に使われる唐紙製作。

一流旅館等の唐紙製作。

飲食店や一般住宅の唐紙製作。

講師等

京都精華大学「京都の伝統工芸講座」

同、伝統産業イノベーションセンター特別研究員

他、嵯峨美術大学、京都工芸繊維大学、龍谷大学、立命館大学等での講演

母校である京都市立修学院小学校での特別授業

現在、京都の国宝建築修復工事、唐紙全体工事に関わる。

プライベートでは、コーヒーやワインなど飲食と色彩についてのレクチャーやアクセサリーデザインなどおこなう。

また、2018年自身が自認した性別違和(旧名 性同一性障害)について研究及び支援活動を始める。

自身の性別違和について

 

2019年、名前を誠次から優希へ改める。同時に性別を男性から女性へ変更する(今後、戸籍変更予定)

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